台風の経路図にメルカトル図法ではなくランベルト正角円錐図法を採用した
2026年9月4日、国連総会で「世界各地の実際の面積を正確に反映した地図を使おう」という決議が採択されたそうです。名指しされたのはメルカトル図法で、代わりに推されているのはイコールアース図法。日本を含む164カ国が賛成、反対は米国のみ、棄権が6カ国で、法的拘束力はないとのことです。
ニュースの見出しだけ見ると「メルカトル図法は間違いだった」という話に読めてしまうのですが、決議案を共同提出したトーゴのデュッセイ外相のコメントを読むと、そういうことでもないようです。メルカトル図法を非難するものではなく、航海における有用性は認めたうえで、単一の図法を世界の標準として押し付けることを問題視する立場だと報じられていました。
これがちょっと自分ごとだったので、記事にしておこうと思いました。というのも、ちょうど同じ頃、kinoatsu.comというサイトで台風の経路図を描くのに、どの図法を使うかを決めていたためです。結局メルカトル図法は使わず、ランベルト正角円錐図法を採用したのですが、そのときは「なんとなくこっちのほうが良さそう」くらいの感触しかありませんでした。せっかくなので、それがどういう図法で、メルカトル図法と何が違って、どういう場面なら向いているのか(そして何を諦めることになるのか)を、後から実際に測って確かめてみました。
なお、この決議は記事を書くきっかけであって、図法を選んだ根拠ではありません。根拠のほうは、以下で測った縮尺の数値になります。
台風の経路図
kinoatsu.com には台風ごとにページがあり、そこに経路図を1枚ずつ置いています。たとえば2019年の台風第19号だとこのページです。
気象庁のベストトラック(事後に解析された台風の位置と強度の記録)から、6時間ごとの中心位置を線でつなぎ、点の大きさで中心気圧を表しています。加えて、強風域と暴風域を扇形で重ねています。同じ形式のページが台風の数だけあるので、図法もそのすべてで共通のものを使うことになります。
なお、サイトにはメルカトル図法を用いた日本地図を表示するページがあったのですが、台風の経路図を表現するにあたり、それを流用するべきでない、という議論が起きました。
ランベルト正角円錐図法とは
あらためて調べてみると、図法は地球にどう紙を当てるかで大きく3つに分かれるようです。円筒を巻きつけるのが円筒図法(メルカトル図法はこれ)、平面を接するように当てるのが方位図法、そして円錐を被せるのが円錐図法。ランベルト正角円錐図法(Lambert Conformal Conic)は名前のとおり円錐図法の一つで、円錐を被せてから切り開いて平面にします。
円錐が地球と交わる緯線を標準緯線と呼び、ランベルト正角円錐図法ではこれを2本選びます。この2本の緯線の上では距離が正確に描かれ、その間ではわずかに縮み、外側では伸びる、ということのようです。標準緯線を2本持てるのがこの図法の特徴で、「描きたい緯度の帯」を2本で挟むように選ぶと、その帯の中の歪みを小さく抑えられます。
「正角(Conformal)」のほうは、地図上の任意の点で、その点のごく近くの角度と形が保たれることを指すそうです。メルカトル図法も正角図法なので、この性質自体はどちらも持っています。
kinoatsu.com で使っている諸元は次のとおりです。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 中央経線 λ₀ | 140°E |
| 標準緯線 | 20°N / 45°N |
| 基準緯度 φ₀ | 30°N |
| 定義域 | 100°E–180°E / 0°N–60°N |
標準緯線を20°Nと45°Nにしたのは、台風がおおよそ15°N付近で発生し、日本付近を通り、55°N前後まで北上して温帯低気圧に変わるためです。この帯を2本の標準緯線で挟んだかたちになります。
メルカトル図法との違いは「形」ではなく「縮尺の一様性」だった
調べていて、あらためて認識したのが、「メルカトル図法は形がゆがむ」という認識の曖昧さでした。前述のとおりメルカトル図法は正角図法なので、局所的な形は正しく描かれます。グリーンランドが、実際にはその14倍の面積があるアフリカとほぼ同じ大きさに見えるのは、形が崩れているからではなく、図の場所によって縮尺が違うからだ、ということのようです。
この「縮尺が場所によってどれだけ違うか」を表すのが局所縮尺 k(φ) で、1.00 なら距離が正しく描かれることを意味します。両図法について緯度ごとに計算してみると、こうなりました。
| 緯度 | ランベルト | メルカトル(赤道が標準緯線) | メルカトル(0–60Nで対称になる取り方) |
|---|---|---|---|
| 0N | 1.140 | 1.000 | 0.707 |
| 10N | 1.053 | 1.015 | 0.718 |
| 20N | 1.000 | 1.064 | 0.753 |
| 35N | 0.977 | 1.221 | 0.863 |
| 45N | 1.000 | 1.414 | 1.000 |
| 55N | 1.063 | 1.743 | 1.233 |
| 60N | 1.117 | 2.000 | 1.414 |
メルカトル図法を2列に分けたのには理由があります。メルカトル図法も標準緯線の取り方で全体が定数倍されるので、赤道を標準緯線にすると 1.00 から 2.00 へ片側にだけ振れて、いかにも不利に見えてしまいます。それだとフェアではない気がしたので、0–60Nの範囲で誤差が上下対称になる最も有利な取り方(赤道と60Nの幾何平均で正規化)も併記しました。
そのうえで、どちらの取り方をしても変わらないのが図の中での振れ幅でした。最大の k を最小の k で割った値で、1.00 が理想になります。
| 範囲 | ランベルト | メルカトル |
|---|---|---|
| 定義域 0–60N | 1.168 倍 | 2.000 倍 |
| 台風が通る帯 14.3–57.4N | 1.113 倍 | 1.799 倍 |
| 標準緯線の間 20–45N | 1.024 倍 | 1.329 倍 |
メルカトル図法で0Nから60Nまでを1枚に描くと、同じ図の中で北端が南端の2倍の縮尺で描かれることになります。ランベルト正角円錐図法なら1.17倍、日本付近が収まる20–45Nに限れば1.02倍でした。真ん中の行は、後述するハギビスが実際に通った緯度の範囲です。定義域を目一杯使わなくても、メルカトルは1.80倍、ランベルトは1.11倍という差になりました。
いずれにしても、これは「メルカトル図法は形がゆがむ」という話ではないようです。両方とも正角なので、局所的な形はどちらも正しくて、差が出るのは縮尺の一様性のほうでした。ここをずっと混同していました。
同じ台風を2つの図法で描いてみる
数字だけだとピンとこなかったので、同じ台風を両方の図法で描いてみました。題材は2019年の台風第19号 ハギビス(令和元年東日本台風)です。ベストトラックは48点、14.3N から 57.4N まで北上していて、定義域の緯度をほぼ使い切ってくれるので、差が出るとすれば分かりやすく出るだろうと思いました。
両方のパネルに、地球上では半径がすべて等しい500kmの真円を15N / 35N / 54N の3か所に置いています。大円距離で頂点を作っているので、図法にかかわらず「本当に同じ大きさ」の円になっているはずです。
| 図法 | 15N | 35N | 54N | 最大/最小 |
|---|---|---|---|---|
| ランベルト | 41.4 px | 39.5 px | 42.8 px | 1.08 倍 |
| メルカトル | 31.3 px | 36.7 px | 51.9 px | 1.66 倍 |
同じ500kmの円が、メルカトル図法では北端で南端の1.66倍の大きさに描かれていました。左右のパネルで5°ごとの緯線の間隔を見比べても、メルカトル図法のほうは北へ行くほど広がっているのが分かります。
台風の経路図では、この差が効いてきそう
この明らかな差をみると、経路図でメルカトル図法を使うのは誤解を生みやすいのでは?と思いました。台風の経路図が、半径で配信されるデータを面積として見せる図になっているためです。
気象庁の強風域・暴風域は、方向と半径(km)の組み合わせで配信されます。これを扇形として描くと、読者はその扇形の面積を見て「今回は広い」「さっきより狭くなった」と判断することになります。ところが図の場所によって縮尺が最大1.66倍違うので、同じ500kmの強風域でも、北にあるほど大きく描かれてしまいます。面積で言えば2.7倍です。日本の南で発生した台風が北上して弱まっていく過程で、強風域のほうは広がっていくように見える図になってしまうかもしれません。それはさすがに良くないなと思いました。
代わりに諦めたこと
いいことばかり書いてしまいましたが、もちろん失ったものもあります。
表示範囲の枠が実データより広がる
ランベルト正角円錐図法では、中央経線から離れるにつれて子午線が斜めに開きます。つまり緯線・経線が直交した長方形にはなりません。ところが画面に出す枠のほうは軸に平行な長方形なので、経路を全部収めようとすると、実データより広い緯度経度を飲み込むことになります。
2026年の台風第12号 ノウルで測ってみました。
| 緯度 | 経度 | 緯度幅 | |
|---|---|---|---|
| 中心位置の範囲 | 17.9–25.0N | 114.0–125.1E | 7.1° |
| ランベルトの枠(1:1) | 12.2–28.8N | 111.3–129.1E | 16.6°(2.34 倍) |
| メルカトルの枠(4:3) | 14.4–26.2N | 111.9–128.7E | 11.8°(1.66 倍) |
枠は、経路と強風域の外縁を囲む矩形に少し余白を足したうえで、4:3 / 1:1 / 3:4 のうち近い比に丸める、というルールで決めています。この台風では丸めた先の比が図法によって変わってしまったので、上下の行は厳密な一対一の比較にはなっていません。それでもランベルトのほうは、実データが7.1°しかない台風に対して16.6°分の海と陸を描くことになっています。台風が小さく見える、余白が多い、という見た目のコストは払っていることになります。
経緯線が直線でなくなる
子午線が斜めに開くので、経緯線は直線ではなく折れ線として持つ必要があります。さらに、枠のほうは画面座標で決まるため、その枠の中にどの緯線・経線が入るのかが自明ではありません。結局、枠の四隅を逆投影(画面座標から緯度経度に戻す計算)して地理的な範囲を求め、そのなかの5°刻みの線を引く、という手順になりました。「30N」のような度数ラベルの位置も、そこから決まります。メルカトル図法なら地図ライブラリの関数を数行呼ぶだけで済んでいたはずの部分です。
同じような図を作る人向けの落とし穴
図法を決めたあとの、表示のところで2回つまずきました。どちらも投影の計算は合っているのに、画面に出る文字だけが間違っている、という種類のものです。同じような図を作る方がいたら、先に知っておくと得かもしれません。
枠が実データの外側に届く(これは図法由来)
前述のとおり、ランベルトの枠は実データより広い緯度経度を飲み込みます。その枠の縁に度数ラベルを置くと、実データには存在しない緯度経度にラベルが立ちます。${lat}N と組み立てていた頃は、赤道を越えた枠に「-5N」と描かれていました。
経度が180を超えた連続値で来る(これは図法由来ではない)
こちらは投影とは関係がなく、データの持ち方の話です。台風の経路データは、経度を180で折り返さずに連続値のまま持っています。日付変更線をまたぐ経路が図の端から端へ飛ぶのを避けるためで、投影の計算はこの値のままで正しく通ります。実データ903台風のうち175件が180を超えていて、最大は188でした。
計算は正しいのですが、${lon}E と組み立てると、存在しない「185E」が描かれます。これはメルカトル図法で描いても同じように起きるので、図法を変えても避けられません。
どちらも「内部表現をそのまま人に見せない」で片付く
2つとも、投影も枠の計算も正しくて、内部表現をそのまま文字列にしたことだけが間違いでした。表示用の変換を1か所に分けて、そこで折り返しています。
export function lonLabelText(lon: number): string {
if (lon === 180) return "180"; // 日付変更線。東経とも西経とも呼ばない
if (lon > 180) return `${360 - lon}W`;
return `${lon}E`;
}
export function latLabelText(lat: number): string {
if (lat === 0) return "0"; // 赤道
if (lat < 0) return `${-lat}S`;
return `${lat}N`;
}
図法をどう選ぶかという話からすると地味ですが、実際にバグとして表に出てきたのはこちらのほうでした。
まとめ: どういう場面で有効なのか
ここまで測ってみて、ランベルト正角円錐図法が向いているのは、だいたい次の条件が揃うときなのかなと思いました。
- 中緯度の、東西に広い帯を描く。標準緯線2本で挟める範囲であること。逆に、全球や、赤道から極までのような縦に長い範囲には向かなさそうです
- 表示範囲を固定できる。ユーザーに自由にズームやパンをさせるなら、メルカトル図法のほうが素直だと思います
- 図の中の離れた場所どうしを見比べさせる。同じ500kmの円の大きさは、今回の範囲だとランベルトで1.08倍、メルカトルで1.66倍のばらつきでした。離れた2点を見比べさせる図ほど、この差が効いてきます
逆に、メルカトル図法のほうが良さそうな場面も多そうです。全球を1枚で見せるとき、ユーザーが自由にズーム・パンするとき、そして本来の用途である航海(等角航路が直線になる)などです。
おわりに
国連決議のニュースをきっかけに調べてみると、図法をめぐる議論にはいろいろな立場があるようでした。ただ、今回自分が向き合っていたのは世界地図ではなく、中緯度の限られた帯を、決まった大きさで、台風の数だけ繰り返し描くという用途です。この用途であれば、標準緯線を2本選んで歪みを挟み込めるランベルト正角円錐図法を選んだほうがいい、というのが今回の結論です。枠が広がることや、経緯線まわりの処理が増えることは、その引き換えに払ったコストでした。
とはいえ、標準緯線の選び方や定義域の切り方には、もっと良い取り方があるかもしれません。そのあたりは引き続き見直していこうと思います。
今年(2026年)の台風の発生タイムラインも作りましたので、よかったら見てください。